研究内容
島根大学尾原研究室は、材料エネルギー学部に所属し、イオン伝導ガラスやアモルファス等の構造ランダムな材料について研究を行っています。イオン伝導ガラスは、電気自動車や再生可能エネルギーの利用に必要な全固体電池の重要な構成要素です。アモルファス材料も強靱性、耐食性、軟磁性を活かしてモーターや変圧器など多くの部品に使われ、産業基幹を支えています。研究手法として、SPring-8やJ-PARC、富岳などの大規模研究施設を利用して、それらランダム系材料の構造やダイナミクスを高精度に解析しています。また、国内外の研究機関とも積極的に連携し、ランダム系構造の新物質開発や応用技術の創出に貢献しています。尾原研究室の研究成果は、国際的な学術雑誌に多数掲載されており、高い評価を得ています。
ランダム構造科学/PDF解析
結晶が持っている延々とした長距離の規則性を持たない固体のことを、アモルファス(非晶質)と呼んでいます。
例えばSiO2の結晶は「水晶」、「石英」、「クリスタル」などと呼ばれて高級装飾品などにも使われていますが、同じSiO2でもアモルファスになると「ガラス(石英ガラス)」という身近なものになります。下の模式図を見て下さい。液体状態では原子が動き回れますが、それを急激に冷やすとランダムな構造を無理やり維持させたまま固体になります。これがアモルファス状態です。ゆっくり冷やすと、原子同士の自然なつながり方にまかせて繋がってゆくため、きれいな結晶状態となります。
【○:酸素原子 ●:シリコン原子】
⇔ | ⇔ |
さて、これらの図をみてどんなことに気づきましたか?
アモルファス状態の構造を見ると結晶の六角形を崩したようなグループが多いことが分かります。五角形など少し違うグループも見受けられます。このように、ランダムな物質でも何らかの秩序をもっています。結晶と類似した部分はなにか? 結晶とは違う部分はどこなのか?ランダム系物質は興味が尽きません。ミクロな構造の違いは、目に見える(マクロな)大きさの性質にも現れます。同じ元素の物質でも、硬さなどの物性を大幅に変えてしまうことが多いです。硬さのみならず、電気や熱の伝導性や光の透過率、それに透磁率や耐食性(錆びにくいとか溶けにくいとか)まで変化することもあります。
材料の持つ様々な物性を考える時に、その構造と関連付けて調べることが効果的な手段の一つです。私たちは、構造を調べて物性を深く理解するために、様々な実験を行っています。代表的な実験方法のひとつがX線回折実験です。X線はとても細かく振動している(短波長)ため、小さな構造の変化に影響されます。X線を材料にあてると、さまざまな角度に分散して広がります。この影絵のような模様から、原子の間の距離のばらつきなど、実に多くの情報が読み取れます。
ここ数10年で放射光と呼ばれる技術が発達し、桁違いに明るく強いX線が利用できるようになりました。兵庫県に位置するSPring-8は周長が1436 m、エネルギーが8 GeVという国内最高の放射光施設です。こういった高輝度の(明るい)放射光であれば、より高精度で材料の中の情報を調べることができるため、これまで知られていなかった新事実が次々と発見されています。本研究室でも年に数回、あるいはそれ以上の出張実験を積極的に行って大きな成果をあげています。
尾原研究室では特にPDF(Pair Distribution Fucntion)解析法を精力的に活用しています。この方法はX線回折のデータをフーリエ変換することにより、実空間構造情報を取得できます。
島根大学所有PDF解析装置
ここ数年でラボPDF装置(リガク製)開発が進み、ラボでも放射光に劣らないデータを取得できるようになりました。
島根大学も2024年1月に当該装置を導入し、2月中旬に評価を実施しました。結果は下図となります。
Ag線源PDF装置の仕様:
回転対陰極式X線発生装置
Ag線源対応楕円面多層膜ミラー(集光ミラー)
高エネルギー対応一次元半導体検出器
本装置で取得したSiO2ガラスの構造因子
島根大学で取得したSiO2ガラスの構造因子S(Q)です。
参考に、SPring-8 BL04B2で取得したとS(Q)と比較しています。
Q範囲によりPDFの実空間分解能は変わります(下図)が、Qmax = 22 Å-1までの測定希望試料があればご相談させてください。お急ぎの場合、1サンプルであれば3日以内に測定・解析結果をお出しいたします。
※大学連携研究設備ネットワーク利用も可能となりました。
差分PDF解析
(廣井先生記述)
世の中に存在する物質のほとんどは、いくつかの成分で構成される混ざり物、すなわち「混合物」です。私たちに身近な物質である「水」を例にとると、水道水や雨水には様々な不純物が溶け込んでおり、純粋な水(=純水)は人工的に作らなければ得ることができません。また、物質に限らず電池やデバイスも、複数の部材で構成されているため混合物と考えることができます。そのため、私たちの身の回りには、様々な混合物で溢れていることになります。
これまでに、物質を構成する原子の配列を知るための試みは数多くなされてきました。対象とする物質の正しい原子配列を決定するためには、可能な限り純粋な物質を測定する必要があります。なぜなら、測定によって観測されるデータには、対象の試料全体の情報、つまり目的の物質だけでなく不純物の情報も同時に含まれてしまうからです。
混合物の中でも、結晶と非晶が混在した材料の構造解析は簡単ではありません。強力な構造解析方法であるX線回折を非晶・結晶混在材料に対して行うと、非晶由来のハロー(光輪)に結晶由来のBraggピークプロファイルが乗ったようなX線散乱強度が観測されます。ハローとBraggピークプロファイルをうまく分離することができれば、混合物を構成する非晶・結晶それぞれの構造を調べられるのですが、これまでそのような技術がありませんでした。尾原研究室では、本研究室の強みであるPDF解析法の性質を活かすことにより、非晶・結晶混在材料で観測されるハローとBraggピークプロファイルを分離し解析する差分PDF解析に注力しています。この解析技術を利用することで、混合物を構成する非晶・結晶の原子配列を調べることができるほか、非晶・結晶それぞれの比率も得ることができます。
この技術は、構造解析技術の適用範囲の飛躍的拡大に貢献します。例えば、多くのデバイスに搭載されている電池は正極・負極・電解質等複数の部材で構成されており、電池の動作中に起こる各部材の原子配列の変化を追跡することは容易ではありません。しかしながら、それぞれの部材由来の構造情報を非晶・結晶に依らずに分離することによって、電池が充放電している最中の原子配列の変化を直接追うことができるようになります。直接観察によって今まで知られていなかった現象が確認されれば、電池の高性能化につながる知見が得られるかもしれません。
尾原研究室では、電池やデバイス、さらには非晶と結晶が混在する「乱れた材料」などの構造解析を推進しています。非晶・結晶混在材料の原子配列にご興味があれば、ぜひ本研究室にお問い合わせください。
進行中のプロジェクト
- 研究種目:島根大学 戦略的機能強化推進経費(SDGs研究プロジェクト)
「GX(グリーントランスフォーメンション)実現に向けた非晶質構造分析技術開発」
研究代表者:尾原幸治
研究分担者:廣井慧(島根大学・助教)
研究分担者:中島健(島根大学・助教)
研究期間:2024.7.1 – 2026.3.31 - 研究種目:日本学術振興会 科研費 基盤B
「準弾性散乱・理論を併用したガラス構造中のLiイオンダイナミクスの解明」(No. JP24K01160)
研究代表者:尾原幸治
研究分担者:大窪貴洋(千葉大学・准教授)
研究分担者:齋藤真器名(東北大学・准教授)
研究分担者:秋葉宙(東京大学・助教)
研究期間:2024.4.1 – 2027.3.31 - 研究種目:日本学術振興会 科研費 基盤B
「アモルファス複合正極材が示す新奇な充放電メカニズムの解明」(No. JP24K01609)
研究代表者:高橋勝國(岡山大学・助教)
研究分担者:尾原幸治
研究期間:2024.4.1 – 2027.3.31 - 研究種目:JST 革新的GX技術創出事業/蓄電池
「高エネルギー密度・高安全な硫化物型全固体電池の開発」(No. JPMJGX23S5)
研究代表者:林晃敏(TL・大阪公立大学・教授)
研究分担者:森茂生(GL・大阪公立大学・教授)
研究分担者:尾原幸治
研究期間:2023.10.1 – 現在 - 研究種目:日本学術振興会 科研費 基盤C
「先駆的結晶構造解析による低結晶層状酸化物正極の性能を決定する構造メカニズムの解明」(No. JP23K04379)
研究代表者:廣井慧
研究期間:2023.4.1 – 2026.3.31 - 研究種目:日本学術振興会 科研費 基盤B
「低結晶制御による高エネルギー密度正極材料の創造」(No. JP23H02068)
研究代表者:大石昌嗣(徳島大学・准教授)
研究分担者:尾原幸治
研究期間:2023.4.1 – 2027.3.31 - 研究種目:日本学術振興会 科研費 基盤C
「超高融点遷移元素の液体構造情報から抽出する金属ガラス形成能との関連」(No. JP23K04464)
研究代表者:水野章敏(函館工業高等専門学校・准教授)
研究分担者:尾原幸治
研究期間:2023.4.1 – 2027.3.31
産学連携
民間企業との共同研究等
2024年度:10件
2023年度:4件
民間企業の大学連携研究設備ネットワークを通じた連携
2024年度:3件